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「露悪」的表現は近代から?実は古代からあった露悪への批評

芸術,美学
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古代

「不快の美学化」とその失敗(単なる悪趣味や嫌悪への転落)をめぐる緊張関係は、近代の産物などではなく、西洋美学史と文学史の根底にあり続ける極めて古典的なテーマです。

 『詩学』においてアリストテレスが忌避した「ミアロン(忌まわしいもの、過度に不快なもの)」は、悲劇的快楽(カタルシス)への昇華に失敗し、観客に単なる胸悪さや不快感だけを残してしまう状態を指しています。不快な対象を模倣、表現しながら、いかにしてそれを美的快楽へ反転させるかという感情の錬金術の成否を問う視点は、既にギリシャ古代の時点で明確に存在していました。

近代

 エドマンド・バークが後に整理した「崇高」の概念にも通じますが、恐怖や生理的・道徳的な不快感は、適切な形式や距離感を伴うことで強烈な快へと反転します。露悪的表現はこの境界線のギリギリを攻める試みであり、情動誤認や強い刺激をテコにして読者、観客をこの「崇高」の域へ引き込もうとする表現様式だと言えます。

​ ジョン・ウェブスターのジャコビアン演劇、例えば『マルフィ公爵夫人』などに見られる残酷描写や病理的な死の強調は、後代の批評家(18-19世紀)から悪趣味な血生臭さとして長く不当に低く評価されました。

 18世紀の『マンク』などが巻き起こした倫理的・美学的バッシングも、まさに快への転化を怠った単なる不快、悪徳の切り売りという批判そのものでした。

 「露悪」が近代以降の特有の言説に見えがちなのは、19世紀末のデカダンスや悪の華以降に道徳からの美の自立として自覚的運動的に言語化されたからに過ぎません。表現者が人間の暗部や死、過剰な刺激を突きつけ、受容側がそれを崇高な昇華と捉えるか単なる不快な悪趣味と切り捨てるかという摩擦は、古代から途切れることなく続いている表現の本質的な相克と言えます。

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