PR

労働価値説と需要関数の比較。どっちが正解?

経済学
記事内に広告が含まれています。

コンテンツ

労働価値説と需要関数

 労働価値説は古典派経済学の概念で、アダム=スミス、リカードなどに由来します。
 基本主張:は、財やサービスの「価値」は、それを生産するのに必要な社会的に平均的な労働量で決まるというもの。価値の源泉は労働にあるとします。
 リカードなどは市場価格は需給で揺らぐものの、長期的には労働価値=「自然価格」に収束すると考えます。
 他方で消費者の効用や主観的な需要は説明に含めにくいです

 需要関数(新古典派経済学)は、ジェヴォンズ、メンガー、ワルラスの限界革命以降の発想です。
 財の需要量はその価格と消費者の効用関数に依存し、需要関数 が基本形とします。
 価値は消費者の主観的効用から導かれ、需要関数と供給関数の交点(一般均衡)で市場価格が決まるとします。
 労働や生産条件は供給側に反映されるものの、「価値そのもの」はあくまで主観的効用で説明されます。

マルクスの労働価値説

マルクスは労働価値説を踏まえつつ、価格とは区別される価値の理論としてそれを構築します。
 価値は財を生産するのに必要な「社会的に必要な労働時間」によって規定されるとします。それは抽象的人間労働という共通の尺度で測られ、生産過程そのものに内在する、いわば価格の「本質」です。
 価格は市場での需給や競争によって実際に現れる貨幣表現です。個々の価格は揺らぐものの、その背後にある「価値」によって平均的には規定されます。特に資本主義下では「生産価格」として、利潤率の均等化を通じて労働価値とずれていきます。
 需要関数は価格と需要量の関係を描きますが、マルクスにとって需要は価値決定の根源には入りません。需要や供給は価格の短期的変動要因であり、価値の根本的な大きさを決めるものではないのです。

労働価値説の課題と数理・分析的マルクス

 労働の「質」を抽象化し同質化した「単純労働量」へ還元する操作は、現実の統計や価格データに直接対応させにくいです。
 現実には資本の有機的構成や利潤率の均等化によって「生産価格」が形成され、労働価値からズレています。
 消費や需要が価格変動に与える役割を正面から取り込まないため、実証モデル化しにくいです。
ローマー、エルスター、ヴァン・パリースらの分析的マルクス主義では、労働価値説を「搾取や分配の倫理的基盤」として再構成する試みが主で、経験的な価格理論としてはあまり使われません。
 数理マルクス経済学(森嶋通夫、ソラウ、シャピロら)と、一般均衡理論の形式を借りて「価値=労働時間」の体系を整えるとのの、最終的には価格体系と労働投入行列の対応関係にそれをとどめます。つまり、経験的検証は 価格体系に依拠し、価値そのものを直接測ることは放棄されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました