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マドゥロの動き
マドゥロが内通者だったとはあまり思えないが、かといって今回の拘束が彼にとって決定的に不利だったとも言い切れません。ベネズエラ軍は以前から政治的忠誠というよりも自己保存と利権均衡で動いており、いざという局面で本気で体制を守る意志や能力があるとは考えにくいです。そうした状況では、マドゥロ自身にとっても、逃亡の途中で殺されるリスクを負うより、拘束されるほうがまだ合理的だった可能性が高いです。
カダフィ大佐の末路が強く記憶されている以上、英雄的最期や華麗な亡命を本気で目指すインセンティブは弱く、今回もまた、本気で身を隠して逃げ切るほどの動機はなかった、という程度の話ではないかと思えます。
独裁制?
ベネズエラの問題は、マドゥロ個人の独裁というより、エリート寡頭政治と国家石油会社PDVSA、軍上層部、情報機関、麻薬・密輸ネットワーク、制裁回避ビジネスなどが複雑に癒着した利権ネットワークそのものです。これらは制度や理念ではなく、利害によって結びついており、マドゥロはその中心というより、むしろ調整役の一ノードです。したがって、仮にマドゥロ一人を排除したところで体制が瓦解することはなく、権力構造の本質にはほとんど手がつかないまま残り続けます。
ベネズエラは統治能力があまりに低く、古典的な官僚制に基づくトップダウン型の独裁すら成立していません。国家としての形式は保たれているものの、実態は分権化され、自律的に振る舞う腐敗した準主権アクターが並列的に存在し、それらを政府が弱い強制力のもとで調整して回っています。その様子は近代国家というより、むしろ室町時代末期の領国支配に近く、近代的な主権国家としての体裁はほとんど失われています。完全な無政府状態ではないものの官僚制国家でもないという、この中途半端な状態は準破綻国家といえます。
手続き的正義を度外視しても…
国際社会の集団安全保障体制が現在のような機能不全に陥っている以上、国際法的正当性の枠内では救えない国民のための超法規的措置が、必ずしも道義的に悪とは言えないという議論が出てくること自体は理解できます。しかし、仮に手続き的正義を一旦度外視したとしても、ベネズエラはソマリアやリビアに近い前提条件を抱えており、官僚制的なトップダウン支配が成立していない以上、民主化のために実権を持たせる傀儡を置くべき国家的ポストそのものが存在しません。介入に必要なコストと難易度は極めて高く、それをアメリカ、ましてやトランプが負担するとは到底思えません。結局のところ、イラン爆撃のような中途半端な示威行動以上のことはできず、実質的な体制転換には踏み込めないと予想されます。
ベネズエラの場合、厳密な意味での破綻国家とは異なり、準官僚制的な主体がなお残存し、それぞれが自律的かつ分立的に利害で連帯しているため、暴力や行政の完全な空白が生じていません。そのことが逆に、外部介入のパイプとなる余地を奪っています。秩序が存在しないわけではなく、腐敗した秩序で隙間なく埋め尽くされているがゆえに、介入によって新たな権力を差し込む余白がないのです。
資源の呪い?
石油についても、ベネズエラは決定的な構造的不利を抱えています。産出される原油は超重質油であり、国際市場では加工費が高くつくため原価割れしやすく、競争力が低いのです。国内でも精製能力が崩壊しているためガソリン不足が慢性化し、外貨獲得手段としては中露に格安で大量に流す以外に有効な使い道がほとんどありません。しかもこの原油は加工過程における環境・人権コストを無視できる権威主義国家にしか外交カードとして通用せず、自由主義陣営に対するレバレッジにはなり得ません。
この点でベネズエラは、典型的な「資源の呪い」というより、実態としてはレントを十分に生み出せないにもかかわらず、あたかも安定したレント国家であるかのような制度設計をしてしまった偽レント国家に近いです。石油という絵に描いた餅を食べられると誤認し、持続不能な資源収入を前提に再分配と国家運営を組み立てた結果、制度そのものが破綻しました。IMFは国際的債権者の代理人に過ぎず、持続的成長や社会的安定を顧みない緊縮一辺倒の処方箋しか出さない点で、キュゥべえ的存在ですが、それでもこのケースでは、チャベス流の政策よりはまだ被害が限定的だったという、皮肉な評価すら成り立ってしまいます。
チャベス体制の破綻は、アメリカの制裁や社会主義・共産主義の必然的帰結として説明されるべきものではありません。問題の核心は、長期的に需要が縮小することが予見されていた資源に極端に依存し、その収益が将来も持続すると仮定した経済・再分配制度を構築してしまった点にあります。そもそも1980年代までの成長自体が、将来性の乏しい資源価格と外資主導の外貨流入に依存した時限的な繁栄に過ぎず、それを恒久的モデルとして継承したこと自体が、ベネズエラの破綻を不可避にしたのだと思います。



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