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陰謀論とは何か
陰謀論とは、出来事や社会現象を、公開された因果関係ではなく、少数の人間や集団が裏で意図的に操作している結果だと説明する言説です。特徴的なのは、「表に出ている説明は偽物で、背後に隠れた真の説明がある」とする二重構造です。
代表的ないくつかの性質があります。まず意図主義的で、偶然や構造的要因ではなく、人間の意図や操作を主要因とみなす傾向にあります。また秘密性で、陰で隠された計画が存在すると仮定します。加えて善悪二元論的で、陰謀を企てる「悪の集団」と、その被害者である「善なる大衆」という構図があります。
そして反証の証拠すら「陰謀の一部」と解釈され、理論が自己免疫化しがちです。
現実の政治や歴史には確かに陰謀はあります。ウォーターゲート事件なども有名です。陰謀論が問題になるのは、それが過度に包括的で、すべての出来事を一つの悪意に還元してしまう点や、検証可能性を欠く点にあります。
つまり陰謀はあるものの、陰謀論は疑似科学的であると区別されます。
科学と似非科学。陰謀論と陰謀。ポパー
陰謀論をめぐる議論でよく出てくるのが「科学と似非科学の境界問題」と同じ構造です。カール=ポパーは陰謀論批判を有名にした人物でもありますが、彼は「反証可能性」で科学を定義しようとしたときと同じように、「陰謀論」も形式的に境界づけようとしました。
人間は社会で起きる出来事を「誰かの意図的な陰謀や計画」によって説明したがる傾向があるが、歴史や社会の大きな変化は、意図しない結果によってもたらされることが多い、とポパーはみます。したがって「社会のあらゆる不幸は強力な集団の陰謀の結果だ」とする考え方は誤りで、これが陰謀論的社会観だとします。
ただし、現実の歴史上に本当の陰謀が存在することは否定しません。否定するのは社会を全体として陰謀で説明できるとする構造的誤謬です。
しかし実際には連続性の問題が出てきます。
歴史上、政府・企業・諜報機関が秘密裏に不正を行った例はいくらでもあり、先のウォーターゲート事件やタバコ産業の隠蔽などは典型です。
証拠は断片的だが、権力者に利害があるため「何か隠しているのでは」と考えるのは、場合によっては合理的な場合があります。ここでは「仮説」と「陰謀論」の区別がまだ曖昧です。
とはいえ、反証可能性を拒み、あらゆる反証を「陰謀のさらなる証拠」として取り込む、例えば「証拠がないのは隠蔽のせいだ」という形式は、科学的/批判的な推論から逸脱しているともいえます。
つまりポパーを踏まえていうなら、「陰謀論」と「実際の陰謀」の差は、内容よりも態度(検証可能性・反証可能性への開かれ方)にある、とされます。これは科学/似非科学の区別が、対象の領域ではなく「方法論的姿勢」に依存しているのと似ています。
陰謀論的=誤謬?
陰謀論って、エラーマネジメント理論における神と一緒で、人間がデフォルトで持ってる対人関係計算モジュールで目の前の政治的現象に対して特定のエージェントの意思の介在を見てとって何らかのコミュニケーションでそれに対応していこうとする形で起こるものだから、人間に固有というか一般的な推論パターンなんだけど、それゆえに素朴でもあって、現実の政治的現象は単一のエージェントの意思よりも、政党・官僚組織・政治家・有権者・国際社会のほかのアクターなど、複数の競合するアクターの集合行為の帰結として起こるから、単一のアクターの意図にそれを還元すると間違ってることが多いから、特にそれが「朝鮮人が井戸に毒をまいてる」みたいな差別や不正に加担する傾向があるなら慎重になるべきです。
財務省主導のマクロ財政政策にMMTやリフレ派方面から非効率を指摘するときに、特定のアクターの責任や原因を追及しているからといって、それを「陰謀論的だから」で誤謬みたいに言うのは間違いです。財務省解体デモは親露・反グロ・反サロ的なイズムに回収されててネガティブに見てるけど、財務省の財政政策への批判一般に陰謀論とかいうのは不適切です。
陰謀論と物語
物語と陰謀論は相性がいいです。
そもそもフィクションの一般的な魅力の一つが物語の因果的連なりのデザインの喚起する想像力だから、神話とかにおける類型的パターンの起源神話とかも、特定の事象の背後に何か因果を起源として見いだし、それが喚起する想像力があるから、伝搬されやすいパターンなのではということが言えるけども、例えばハガレンとか進撃とかも長期連載特有の一見不合理な設定を政府とか特定の勢力の陰謀という形で因果を与えて整合性を与えて、やっぱりそれが後付けでももっともらしさを帯びて感じられる機知が喚起するエモーションがあるわけだけど、要するに、因果がフィクションの魅力の一つだから、因果を与えるバリエーションである陰謀論(特定の事象の背後に特定の人物や組織の意図を因果として与える)は、フィクションと相性いいと思います。
「これまでの展開は全部Aの筋書きだった」みたいな展開はスパイ小説でよくあるけど、ストーリーに因果を与えるものとして、陰謀論は扱いやすいです。
パスカル=ボイヤーの神話の伝搬パターン分析におけるモデルは、半直感的存在者をはらみつつある程度直感や因果に従う例などが一般的に伝搬されやすい類型とみて、神話や宗教の思考類型を進化的副産物とみるけど、陰謀論とか起源神話とかもそれと近いことが言えます。



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