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背景
「ホモソーシャル(homosocial)」という言葉は、社会学や文化研究・ジェンダー研究で使われる概念です。簡単にいうと 「同性同士の間でつくられる社会的な結びつき」 を指します。
学術的な背景
この語を広めたのは、批評家 イヴ=コソフスキー=セジウィックで、著書『男同士の絆』(1985)です。セジウィックは、文学や文化において 男性同士の結束(友情・仲間意識・ライバル関係) が、しばしば女性を媒介にして構築されることを分析しました。
たとえば、恋愛の対象は異性愛的に「女性」であっても、実際には女性をめぐる男性同士の競合や連帯が強調され、男性同士の関係を固める役割を果たしている場合があります。
同性愛とは異なる概念で、性的欲望を意味しないものです。会社、軍隊、スポーツチーム、学校など、男性同士の仲間集団にしばしば見られるとされます。
文学研究やフェミニズム批評では、「女性が男性の結束を媒介する役割に押し込められる」点を問題化する文脈で用いられます。
理論的な問題点
ホモソーシャルは文学批評に由来するため、その操作的定義が曖昧です。
同性愛のように欲望の対象で定義できるわけではなく、友情・ライバル関係・仲間意識・排除の構造など、多層的な関係を指すため、一義的な操作的定義は困難です。
研究者によって、「職場での男性同士の昇進ネットワーク」「学校やスポーツでの男子同士の連帯」「女性を媒介とした競合」など、焦点がバラバラなのです。
経験的検証
ホモソーシャルについて、概念の性質に由来して定量的な測定は難しいです。そのごく限定的な部分が検証されています。
職場研究では男性中心のネットワークが昇進や評価で有利に働くことが統計的に示されています。いわゆる「オールド・ボーイズ・ネットワーク」です。これはホモソーシャル的構造の一端と見なされる。
教育社会学やスポーツ社会学でも、「男子グループ内の連帯や序列維持」が女性や非マッチョ的男性を排除する力学として観察されています。ただしこれを「ホモソーシャル」というラベルで測定しているわけではなく、近似的に解釈的に位置づけられている感じです。
心理学的尺度や質問票で「ホモソーシャル傾向」を測ろうとした試みもありますが、標準化されたものはほぼありません。質的研究ではインタビューや観察によって、職場や軍隊、学校の男性集団における「男性同士のつながりが女性を排除したり従属させたりする構造」を描き出すことがなされています。
文学、映画、文化批評の分野では、登場人物間の三角関係などの語りを、同様のテキスト分析で読み解くフェミニズム批評が展開されています。
理論的洗練可能性。心理学とのコミット
社会的同調性理論では、ホモソーシャルな場を「同調の強度が高まる状況」としてモデル化できます。社会的アイデンティティ理論では、男性同士の承認は「内集団アイデンティティの維持装置」として捉えられます。社会規範理論では、「男らしさ」や「仲間らしさ」が規範的期待として機能すると言えます。いずれもホモソーシャルを規範的同調の事例として再定式化できます。
進化心理学・行動科学的方向もあります。同盟理論なら、男性同士の連帯は、外敵に対抗する進化的適応戦略として説明できます。性淘汰理論では、男性同士の承認競争は、女性へのアクセスをめぐる「間接的な性淘汰」の一部です。コストリーシグナリング理論は、危険行為や規範的「男らしさ」行為は、仲間内での信頼性シグナルとして働くとします。これらでは、ホモソーシャルを適応的な集団同盟戦略の派生として捉えられます。
制度論とのコミットメント
ルーマン的にホモソーシャルを捉えると、コミュニケーションの自己準拠性といえます。ホモソーシャルな場は男性同士の承認を前提にするコミュニケーションシステムです。参加者個人の意図や欲望より、承認をめぐるやりとりの再帰的連鎖がシステムを維持します。
例えば「男らしい/女々しい」「仲間/外れ者」という二項コードで処理され、このコードに従って観察・評価が行われるので、行為者はそれに沿って振る舞わざるを得ないとされます。
個人の心理的バイアス(同調性バイアスや内集団バイアス)は、システムの「再生産条件」として取り込まれます。
「権力」や「男らしさ」という実体に還元せず、コミュニケーションの自己再生産としてそれを説明可能です。同調圧力や評価懸念は、システムのコードに従う観察の一部とみなせます。



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