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ミリカンとデネットの意味論の橋渡しを考える

倫理,哲学
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ミリカンの意味論

 ミリカンが提示した生物学的意味論(テレオセマンティクス)の直感を出発点にすると、意味的・規範的な違いを生み出す構造のクラスターは単なる哲学的抽象ではなく、自然史のなかに安定的に埋め込まれた実在的な仕組みとして把握できるという考え方が有力になります。

 つまりある表象や言語表現がこうであるべきだという規範性を帯びるのは、それが進化的・機能的履歴のなかで特定の働きを担ってきたという事実に根差しており、その履歴が規準を与えることで記号や表象が意味を持ち、誤りや正常性といった区別が生じます。この点でミリカンの枠組みは規範性を世界の自然史的記述に還元する実践的な土台を与えます。

デネットの解釈主義

 これに対してデネットの解釈主義は、世界に埋め込まれたそのような自然史的制約を前提に取り込みつつ、より説明的・操作的な観点から「理由」「信念」「正当化」といった語彙の現れ方を読み解きます。デネットは高次の認知システムを、外界と内部表象との間で再帰的に推論を行う計算過程として捉え、観測可能な振る舞いを効率よく予測・説明するために意図的記述を採用することの有用性を強調するものの、そこにあるのは単なる便利な擬人化ではなく、複雑性が指数関数的に膨張した再帰的表象推論の場において実際に安定して現れる高次パターンである、という読みが可能です。

 言い換えれば、進化的に安定した機能的クラスターが提供する規範的骨格の上に、再帰的計算であるところの表象操作が織り重なり、そこで生じる理由の空間はデネットがいうところの実在的パターンとして把握できます。

両者の接続

 こうした二重の説明層は矛盾せず、むしろ補完的です。ミリカンは規範性の根拠を自然史に求めることでなぜそれが正しいとみなされるのかという基準を与え、デネットはその基準のもとで高次の認知システムがどのようにして信念や理由の語彙を生み出し、社会的・行動的に機能させるかを説明します。結果として理由は単に内面的な主観や語用論的便利さに還元されるのではなく、歴史的因果性と計算的再帰性という二つの次元が交差する場所における、実在的で説明力のあるパターンとして実在するように描けます。


 もちろん、この読みには検討すべき課題も残ります。たとえばミリカンのテレオセマンティクスが示す機能の物語が社会的・規範的実践の微細な変化や言語的発展を十分に説明し切れるか、あるいはデネットの意図的立場が倫理的正当化や内面的正統性といった哲学的項目に対して還元主義的すぎないか、などの問いは鋭く残ります。しかし両者を層として重ね合わせ、自然史的条件が規範性の土台を与え、そこから再帰的で指数的に拡張する表象推論の計算が「信念」「理由」「正当化」といった語彙に対応する安定したパターンを顕在化させるという見取り図は、意味と規範の関係を実証的かつ概念的に橋渡しする有力な方向性を提供します。最終的には、ミリカンが示す機能史的根拠とデネット的な意図的説明とを結節させることによって、理由の空間を単なる語用論的便利さや純粋な主観の産物から引き離し、自然史と計算的認知の接点に位置する実在的な現象として描くことができます。

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