コンテンツ
トラスショックの条件
トラスショックをめぐる一連の出来事は、しばしば「無謀な財政拡張に市場が即座に懲罰を与えた例」として語られるものの、その理解はかなり単純化されすぎています。実際に起きたのは、財政の量そのものというより、英国がもともと抱えていた制度的・金融的な脆弱性が、利上げ局面における財政・金融の非協調的な運営様式によって一気に顕在化した、かなり条件付きの流動性パニックでした。
英国は経常赤字国で、国債の相当部分を海外投資家が保有しています。ポンドもドルや円のような完全な基軸通貨ではなく、EU離脱後は準基軸通貨としての地位が相対的に弱まり、資本移動の感応度が高い通貨になっていました。そこに、年金基金がLDI戦略によって国債をレバレッジ運用しているという特殊事情が重なり、国債価格の下落が即座にマージンコールと強制売却を呼び込む構造ができあがりました。つまり、英国債市場はもともと、価格変動が制度的に増幅されやすい状態でした。
この状況で打ち出されたトラス政権の財政拡張は、規模としては自国通貨建て国債を発行できる国が直ちに市場崩壊を起こすほどのものでは本来なかったはずですが、財政と金融が互いに背を向けたまま動いているように見えたことが、決定的でした。BOEはインフレ目標を最優先する姿勢を崩さず、利上げと量的引き締めを進める一方で、財政との協調や市場安定へのコミットメントを明確に示しませんでした。その結果、市場からは「この中銀は、必要なときに最後の買い手として立ち戻ってくるのか」という点についての信認が揺らぎ、国債利回りの上昇が自己強化的に進みました。
中銀の極端な独立性
皮肉なのは、事態が本格的な流動性危機に近づいた瞬間、BOEが国債の臨時買い入れに踏み切ったことで、金利が外生的に一気に安定した点です。これは、金利が市場の自然な評価の結果として上がり続けていたわけではなく、中銀のスタンス次第で容易に止められる性格のものだったことを示しています。この意味でトラスショックは、中銀の独立性が高いほど市場と中銀への信認が自動的に高まるという主流派のドグマに対する、少なくとも経験的な反例になっています。非協調的な独立性は、特に引き締め局面では、市場安定装置としての中銀の役割をかえって曖昧にし、パニックを助長しえます。
ここから引き出せる含意は、MMTが主張する統合政府的な視点と親和的です。財政と金融を切り離された二つの主体としてではなく、制度全体として整合的に運営することが、信認や安定にとって重要だという点で、トラスショックはその規範的主張を部分的に裏づけています。ただし、それはどんな財政拡張でも安全という話ではなく、あくまで金融構造や通貨の地位、政策運営の様式との関係で理解されるべきものです。
日本との比較
日本との比較で言えば、この出来事をそのまま日本に当てはめるのは無理があります。日本は経常黒字国で、国債の大半は国内で保有され、円は依然として基軸通貨の一角を占めています。年金や金融機関の運用構造も英国ほどレバレッジに依存しておらず、日銀は財政との関係においても、形式的な独立性より市場安定を優先して政策を柔軟に運用してきましあ。その違いは、ショック耐性の差としてはっきり表れています。
最近の日本の長期・超長期金利の動きについても、これを単純に「利上げ観測」や「財政不安」と結びつける必要はありません。40年債利回りの上昇は、超長期ゾーンで投資家のリスクの置き場所がわずかに変わったことや、YCC撤廃によって価格形成の自由度が戻ったことを反映している側面が大きいのです。もし中銀の利上げそのものが主因なら、短期から中期のゾーンが先に大きく動き、フォワード全体が持ち上がり、カーブ全体が一斉にベア化するはずですが、そうはなっていません。この点でも、今回の動きは制度変更に伴う局所的な調整と見るほうが自然です。
総じて言えば、トラスショックは財政拡張の「危険性」を一般化する材料というより、むしろ金融構造と政策協調の欠如がいかに市場の不安定化を招きうるかを示した事例です。中銀の独立性はそれ自体が目的ではなく、特定の条件下でのみ安定に寄与する道具にすぎません。その条件が外れたとき、独立性は信認の源泉ではなく、逆に不安の増幅装置になりうる点を示したことこそが、トラスショックの最も重要な含意だと思われます。



コメント