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経験主義と合理主義の統合?
カントはしばしば「経験論と合理主義の統合者」と説明されるものの、その統合は単なる折衷ではなく、合理主義の枠内に経験論的要素を内在化するという独自の構造をもっています。
カントにとって、われわれの知識が経験に由来するという点では経験論を承認しているものの、経験そのものが無媒介に与えられるものではなく、一定の構成的枠組みを通してのみ成立しうるという点で、経験論を超えます。カントは、感性が与える素材的契機と、それを統一する悟性の形式的契機とを区別し、前者によって経験内容が与えられ、後者によってそれが秩序づけられると考えました。空間と時間は感性のアプリオリな形式であり、カテゴリーは悟性のアプリオリな統一原理です。したがって、人間の認識は、経験的与件の受容とアプリオリな形式の適用との協働によってはじめて可能になるのです。
カントと経験主義の相違
カントが明らかにしたのは「経験の起源」ではなく、「経験がそもそも可能であるための条件」です。ロックやヒュームが知識の内容や成立過程を経験的に説明しようとしたのに対し、カントは、経験という営みそのものを成立させる認識能力の構造、すなわち超越論的条件の分析へと議論を転換しました。したがって、カントにおけるアプリオリとは、生得的に観念が備わっているという意味ではなく、経験が可能であるために理性的に先立って要請される構成的条件を意味します。この点こそが、カントの思想の固有性です。
カントは、理性の演繹によって真理を導こうとする合理主義を批判的に継承しつつ、それを経験世界の範囲に限定しました。カテゴリーや原理は、現象を統一するために不可欠ですが、それを超えて「物自体」を把握することはできません。すなわち、理性の能力を肯定しつつも、その適用範囲を厳密に限定することによって、独断的形而上学を退けたのです。
したがってカントの経験論と合理主義の統合とは、単に両者を調和的に折衷したというよりも、経験を可能にする形式的条件を合理的に解明することによって、経験論を理性の内部に位置づけ直したものです。カントの認識論の核心は、経験という営みが成立するために、形式が先に要請されるという構造的洞察です。



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