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可能世界論とその限界。クリプキのそれから確率論へ

倫理,哲学
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可能世界論の限界

可能世界意味論は、20世紀後半の形式的様相論を大きく発展させたものの、その方法論的前提は今日の観点からすると重大な欠陥を抱えています。最大の問題は、可能世界という概念が離散的で粗い理想化に依存しており、モダリティの度合いや不確実性の連続的変化、認知的プロセス、計算的実装可能性といった現代的要請に十分応えられない点にあります。

 第一に、可能世界意味論は真理条件意味論に基づいているため、文の意味をどの世界で真であるかという静的な対応関係として扱います。これは文の理解や推論のプロセスを説明する認知モデルとしての力を欠き、信念の漸進的変動、確信度、計算資源の制約などを扱えません。人間の推論は必然的に確率的であり、可能世界論のような二値化された静的枠組みは、その性質を適切に表せないのです。

 第二に、可能世界は基本的に離散集合として扱われるため、モダリティ(可能性・必然性)を連続的な量として扱うことが困難です。実際の不確実性は程度性をもち、確率や測度で自然に表せるにもかかわらず、可能世界論では「可能か不可能か」の二値区分に押し込められます。これは現代のセマンティクスやAIにおける確率的推論の要求と大きく乖離します。

 第三に、可能世界論は通常、無限個(場合によっては非可算無限)の世界を仮定するものの、これらの世界に対する同一性条件は曖昧で、どこまで違えば別世界と数えるかという基準がありません。これはメタ物理的負荷が大きいだけでなく、計算的実装が不可能に近いです。世界を巨大で不可視の構造として仮定するより、状態空間と変数の組を明確に定義し、そこに測度や遷移確率を課す方がはるかに透明で実用的です。

 第四に、可能世界論は信念更新や意思決定などの動的概念を扱うことが不得手です。アクセシビリティ関係は単なる二値的到達可能性であり、信念の強度や更新規則を直接記述できないのです。対して、確率論的ベイズ更新やマルコフ過程は、状態遷移や信念の変化を自然にモデル化できます。計算的なエージェントモデルやAIシステムが可能世界論ではなく確率的モデルを採用するのは、もはや当然の帰結です。

現代の様相意味論

 これらの理由から、現代的な意味論・認知科学・計算論理学では、可能世界という巨大で離散的な架空の空間を前提とする必要はほとんど残っていません。測度論的モデルでは、モダリティは集合の測度として表され、確率論では可能性は確信度の分布として与えられます。さらに計算的モデルでは、状態空間と遷移規則が明確化され、モダリティは実行可能な操作として解釈されます。

 こうした連続的かつ操作可能な枠組みのほうが、言語的意味、認知的プロセス、推論の実際のあり方をはるかに高い精度で記述できます。

 可能世界意味論は歴史的には重要な役割を果たしたものの、現在の視点では粗い、離散的、静的な近似モデルであり、真理条件意味論依存、連続的モダリティの扱いの不備、無限世界の同一性問題、認知モデルとの非整合性などの根本的限界を抱えたままです。

 確率論・測度論・計算的意味論の成熟した現代において、モダリティを精緻に分析するために可能世界に頼る必然性はもはやなく、より自然で構造的なモデルによって置き換えられつつあると言えます。

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