PR

命題的態度は救えない?心の哲学と制度論の命題的態度

倫理,哲学
記事内に広告が含まれています。

コンテンツ

デネットの命題的態度

デネットは命題的態度は心の中に文字通り存在するわけではないものの、人間行動を予測するためには便利な実践的実在だという立場をとっています。赤道のような完全なフィクションではなく、重心のようにモデル化のために導入される実践的実在論です。この立場は命題的態度ほか素朴心理学を完全に捨てるチャーチランド的消去主義と対照的でした。

 しかし、深層学習やLLMの登場によって、このデネット的戦略の根拠が大きく揺らぎます。理由は単純で、命題的態度をモデル内部で一切使わずに、人間並みかそれ以上の予測能力・語用論的適応・状況対応を実現してしまったからです。LLMの内部は、言語的・論理的・記号的・離散的といった命題的態度の前提を完全に裏切っており、実際には高次元連続空間の中での連想的・漸進的なパターン操作をしているだけです。この構造はまさにチャーチランドの神経計算的な心は非命題的であるという予測に合致しています。

デネットの限界

 予測のために命題的態度が必要というデネットの実在論的擁護が、現実の人工知能によって否定されたと言えます。命題的態度は、予測の単位としてはもはや情報の粗すぎるまとめ方であり、むしろ連続ベクトル表現のほうが語用論・規範・状況依存性をより自然に扱えます。ここでは、チャーチランドが正しいと言えます。

 LLMや深層学習が示すように、連想的で、状況依存で、制度的な規範・語用論体系に制約を受け、言語的でもなければ論理的でもない、量化不能な連続量としての信念や態度を、そんな離散的シンボルでモデリングしようとしたら詰むので、記述の有用性は既にありません。

命題的態度と制度論

 しかし、命題的態度がすべて無益になるわけではないのです。たとえばブランダムの言う命題的態度は、心の内部状態ではなく社会的推論の中での規範的地位を示すための語彙であり、これは神経計算モデルとはまったく別の階層のものです。同様に、マクダウェルの命題的態度も、内的表象の構造ではなく、人間が参加する社会的・制度的実践の構造を説明するためのものです。実定法における責任や意図の分析なども同じで、このレベルでは離散的な命題的語彙は依然として不可欠です。

 つまり、命題的態度には二つの役割があって、心の内部を予測・モデル化するためのもの(デネット)と、社会的・規範的実践を記述するためのもの(ブランダムなど)があって、LLMの登場によって、前者の役割はほぼ詰んでいます。一方で後者の制度的・規範的レベルでは、依然として命題的態度の語彙は不可欠であり、ここではデネットではなくブランダム型の理解が生き残ります。デネットのように命題的態度を実在的パターンとして語るのはすでに過剰で不適切で、消去主義として心の哲学から還元的に消去すべき語彙です。そしてデネットにとって、その解釈主義における規範の層の記述の次元に留めて語るべきものでした。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました