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ブランダムの真理論。その実在論的スタンス

倫理,哲学
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ブランダムの真理論

ブランダムの哲学を理解するうえで最も特徴的なのは、真理についての扱いと、意味・規範的ネットワークについての扱いが、まったく別の重さを持っているという点です。ブランダムは真理論に関してはデフレ的で、ほとんどローティに近い立場です。一方で、意味論や規範的実践に関しては、むしろセラーズに近い厚い実在論的姿勢を示します。

 まず真理について。ブランダムは、アンダーソン=ベアらの前文説に依拠して、真理述語は新しい事実や性質を指示しないと考えます。「Pは真である」と言うことは、結局のところ単に「P」と言うのと役割的には変わらないのです。真理述語は、推論実践の中で他者の発話内容を再提示したり、一般化したり、コミットメントを共有したりするための表現上のツールです。したがって、真理について厚い意味論や形而上学を語る必要はないし、語るべきでもないものです。ブランダム自身が真理の表現説と呼ばれることのある立場を強調することはあまりなく、それは単に真理述語の語用論的な役割を説明するための名称です。

ブランダムの実在論

 こうした真理論の軽量化にもかかわらず、ブランダムは言語実践の規範的構造については非常に厚い実在論的立場をとります。彼のコミットメント・エンタイトルメントのネットワークは、単なる習慣や合意ではなく、社会的制度的に構成された実在的な構造です。つまり規範的地位は、世界の中に存在する客観的な関係性であり、推論実践を理解するにはこの存在論的地位を真剣に扱わなければならないということです。この点で、ローティのように規範・意味論すら軽量化してしまう方向へは向かわないのです。むしろ、セラーズが提示した規範の実在論を受け継いでいます。

総じて、ブランダムの立場は次のように整理できます。真理についてはほとんどローティ的なデフレ主義であり、真理述語は規範的推論的実践を円滑に行うための表現上の道具です。しかし、意味論的ネットワークそのものは社会的実践の中に実在する制度的構造であり、ここではセラーズ的な規範実在論が強く保持されています。そしてマクダウェルとは、世界拘束の重視の度合いによって立場が分かれます。
 このように、ブランダムは真理には軽く、意味論には重く構えます。それゆえに、真理論は反実在論的でありながら、意味論はむしろ実在論的という独特の位置に立ちます。そして、この二層構造こそが、ブランダム理解の核心をなしています。

セラーズ、ブランダムとの比較

 このブランダムの二層構造をさらに明るくするのが、マクダウェルとの比較です。マクダウェルは、真理述語について厚い理論を持つわけではないものの、世界が判断を拘束するという考えを強く保持します。世界拘束を重視するからこそ、真理は世界に対する正しい応答であるという意味での最小限の実在論が支えられます。
 これに対してブランダムは、判断の正しさを外部世界の拘束よりも、言語実践内部の規範構造の中で説明しようとします。そのため、真理についての実在論的含意はより弱くなり、デフレ主義が徹底されます。

 また、セラーズと比べると、セラーズも真理述語についてはデフレ的に扱うが、認識論的には世界による拘束を強調するため、反実在論には傾かないのです。ブランダムはこのセラーズ的要素のうち、真理のデフレ化は受け継ぐものの、世界拘束の強度はかなり弱めてしまっています。

 

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