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ないのは心?
漫画などで冷酷な悪人を「感情がない昆虫のようだ」と形容することがあるものの、この比喩は生物学的にも認知科学的にも不正確です。昆虫は情動が欠如しているどころか、ほとんどの行動がシステム1的な情動反応によって直接駆動されており、むしろ「情動しかない」と言えます。
欠落しているのは、反省的意識や他者理解、状況記述と規範判断の分離といった人間に特有のリッチな認知機能です。たとえばミツバチのダンスは、仲間に資源位置を伝えるという点で一見すると記述的行為に見えるものの、そこでは人間的な意味での他行為可能性が存在しないため、記述・行為・規範が未分化のまま一体化しています。彼らにとってダンスは正しい伝達方法という規範を内面化しているのではなく、生態学的アフォーダンスとして定められた行動プログラムがそのまま実行されるだけであり、そこに人間の規範性に固有の反省的構造はないのです。
情動はある
したがって、共感性に欠く悪人を昆虫に喩えると、情動を欠いた存在という誤ったイメージが生まれてしまいます。本当は情動が欠落しているのではなく、他者の視点を取り入れた判断や、行為を比較評価する反省的認知、内面の物語化といった高次の意識機能が欠けています。
人間の規範性は、単なる生物学的反応から分岐し、記述と評価、行為と意図が階層化されることで成立しています。昆虫は情動的でありながら構造的に反省性を持たない生物であり、悪人を“昆虫のようだ”と呼ぶとき、実際に指摘されるべきは情動の不足ではなく、こうした反省的・共同主観的認知の欠如の方です。



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