倫理,哲学

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ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』における<対象>とは

コンテンツ<対象>とは『論考』の〈対象〉はミクロ実在論の論理空間における構造的な形式的バリエーションで、論理形式としての世界が存在するための最小の論理的構成要素がそれで、言語の意味の最小単位(名)の指示先として想定される形式的ミクロ実在だけ...
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マクダウェルとセラーズの遺産。カントとの関係

コンテンツセラーズの与件の神話マクダウェルの議論は、ウィルフリド=セラーズの影響のもとにあります。 セラーズは経験論の根本的前提である「感覚的与件」が知識の基礎を構成するという発想を「与件の神話」として批判しました。 セラーズによれば、経験...
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人間という計算機の固有性と、ミーム論、スペルベルなどの疫学的関心の由縁

コンテンツ人間とチンパンジーの比較 チンパンジーと人間は、計算機にたとえるとCPUのスペック自体はそれほど変わらないです。 人間が固有の高度な思考や演算を行えるのは、言語に特化した「計算モジュール」を備えていること、そしてその言語を基盤とす...
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素朴実在論とはなにか。セラーズの批判。パトナムの素朴実在論

コンテンツ素朴実在論とは「素朴実在論」という語は、文脈によってまったく異なる哲学的立場を指示しうる多義的な概念です。その最初の典型的用法は、セラーズが「与件の神話」を批判した際に問題にしたような、認識論的素朴実在論です。 この立場では、世界...
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カントの意義。経験主義と合理主義の統合とは

コンテンツ経験主義と合理主義の統合?カントはしばしば「経験論と合理主義の統合者」と説明されるものの、その統合は単なる折衷ではなく、合理主義の枠内に経験論的要素を内在化するという独自の構造をもっています。 カントにとって、われわれの知識が経験...
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「テクストに外部はない」とは。テクスト論との関係

コンテンツテクストとは デリダの有名な命題「テクストに外部はない」は、しばしばテクスト論的反意図主義のスローガンとして誤読されてきましたがそうではありません。 デリダの言う「テクスト」は決して「書かれた言語」に限定されません。それはむしろ、...
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「語りえぬものについては沈黙しなければならない」とはどういうことか

コンテンツ語りえぬもの ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』における最終命題「語り得ぬことについては沈黙しなければならない」は、誤解されやすい表現です。この命題は前期ウィトゲンシュタインが展開した言語と世界の同型性理論の文脈に位置づけられ...
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規範倫理とメタ倫理。功利、義務、徳倫理との相性など

コンテンツ功利主義功利主義において道徳判断は、行為の帰結に基づいて善悪を評価するという意味で、経験的・帰納的認知主義に立脚しています。ベンタムやミルに代表される古典的功利主義では、道徳的真理は理性によって直観的に把握されるものではなく、快と...
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正義は脱構築不能?デリダにとって正義とは

コンテンツデリダの正義と脱構築 デリダにおける「正義」の概念は、彼の脱構築思想の後期的展開を理解するうえで中心的な位置を占めます。 デリダは「法」と「正義」を厳密に区別し、両者の間に不可避的な緊張関係を見いだします。法とは人間の歴史的・社会...
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新カント学派の展開。ヴェーバーのバックグラウンド

コンテンツ新カント学派新カント学派とは、十九世紀後半から二十世紀初頭にかけてドイツを中心に展開した哲学運動であり、カントの批判哲学を近代科学や文化の状況に即して再解釈しようとしたものです。 ヘーゲル以降の観念論が衰退し、自然科学の発展ととも...